一九四二年のことである。その秋、ボストンのナイトクラブ『ココナッツグローブ』で大火事が発生し、五〇〇人以上の重症のヤケド患者が発生した。たまたまその週はアメリカの感謝祭の連休で、またボストンカレッジのフットボールの試合とも重なって、街はお祭り騒ぎで沸き返っていたという。大戦の最中、僕たち日本人が「欲しがりません勝つ迄は」と耐乏生活をしていたときに、ナイトクラブでどんちゃん騒ぎとは、彼我のゆとりの差を感じさせる。火災による重症のヤケド患者は、まずボストン市立病院に運ばれたが、すぐ満杯となり、残る患者はすべてコープ博士のマサチューセッツ総合病院に搬入された。病院側は数百人のヤケド患者を一時に治療するという前代未聞の必要に迫られて、まだ検討中だったこのいわば「最大限に手を抜いた」治療方針を適用したのである。
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大塚美容形成外科のプチ整形
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ところがその結果は、今までの手の込んだ処置よりも、かえって成績が良いことがわかった。これを機会に、今までのヤケドを含めたすべての傷の処置が見直され、余計な操作を一切省いたところ、ヤケドの死亡率もぐんぐん下がり、二〇世紀の中ごろにやっとリスター以前に戻ったというわけである。そのような経験もつみかさなり、ごく最近まで、傷に対する処置は阻害要因を取り除く以上のことはしない方がいい、またできないのだと考えられてきた。ところが近年になって、創傷治癒過程が少しずつ解明されるようになり、いや、この過程をより速めることができそうだぞという希望が出てきた。そして、現在はプチ整形として誰もが手軽に肌をキレイにする手術を受けられるようになっているのである。