95年秋冬での衝撃的なモッズルックに始まり、翌96年春夏のネオヒッピー、続く秋冬でのシック&スリークな、往年のニューヨークのトップデザイナーであるホールストンの作品を彷彿させるコレクションは、その後のグッチスタイルの方向性を明確に決定づけることとなりました。こうしたキャット・ウォークでの衝撃もさることながら、マリオ・テスティーノを起用した広告ビジュアルやモダンでクールなショップデザイン、コンセプチュアルアートのようなウインドー・ディスプレイは、トム・フォードのあふれる才能とともに“老舗ブランドの定番が進化していくスピード感”を我々の意識下に鮮明に焼きつけたのです。さらにいえば、トム・フォードというパーソナリティ自体が、彼のイメージする“作品”なんです。たとえばグッチのショーが終わると、20局近くのテレビクルーがトムのインタビューに殺到します。通常のデザイナーならば楽尼公で、“囲み”と呼ばれるワイドショーーの芸能人インタビューのような形式でランダムに受け答えするのが普通です。でもグッチの場合には厳格なプレスーコントロールのもと、ステージ上で番組ごとに完璧なインタビュー環境が用意されます。トムはそのひとつひとつのインタビューに最初から最後まで極めて誠実な態度で答えます。そして質問に対しては見事に1分間以内で明確に作品のコンセプトを語り、その間「アンド…」とか「ウェル…」といった間延びのする無駄な言葉は一切使いません。これは単に慣れという問題じゃないんです。プロの喋り手でも舌を巻くほどの饒舌さは、よほど明晰な論理が頭に構築されていないとできない芸当です。そしてライティングの計算から目線の送り方まで、トムはメディアというステージに自分のチャームを映し出す術を熟知しています。また超多忙なスケジュールのなかでも、世界中の主要なジャーナリストに直筆のメッセージを送り届ける心配りも決して忘れません。こんなクリエイターは世界中捜しても絶対に彼しかいない。すなわちトム・フォードという男は、自分自身のキャラクターがブランドイメージの核であることを誰よりも自らに課しているんです。グッチの再生後、数多くの有名ブランドがクリエイティヴディレクターという肩書のデザイナーを抱えて、グッチにあやかろうと何百匹もの泥鱈を狙ったんですが、ひとつとして成功していないですね。当たり前の話じゃないですか、彼らにはトム・フォードという人材が欠けているんですから。現在グッチのショップでは服や靴、バッグ、革小物はもちろん、ペット用品から文房具、サーフボード、エレキギター、フィットネス用具、果ては真っ黒なクリスマス・ツリーまで販売しています。「日常生活のなかで気に入ったデザインに出会えない。だから自分でデザインしたんだ」とトムは語ります。従来のライセンス生産によるアイテム拡大とは正反対の座標軸で、ライフスタイル全般にまで広がりをみせていく彼のクリエイション。優秀なクリエイティヴディレクターを擁したブランドビジネスの将来的展望はもうすでにその形を明確にしているのです。